こんにちは。
横浜市旭区、二俣川駅・鶴ヶ峰駅が最寄りの学習塾 Yです。
今日は私、Y塾長流に表題である子どもが良く尋ねてくる「勉強する意味」について説明していきたいと思います。大多数の子どもにとって「勉強すること=嫌なこと」になっているのは事実で、それなのになぜ勉強が必要なのかという疑問が出るのはごく自然なことです。それに対して、「将来困らないため」だとか「いい大学に行って良いお給料をもらうため」というフワッとしていて抽象的な答えを返していないでしょうか。しかし、学力が将来の成功に影響を与える絶対的な指標なのかというと、確かに大企業に就職するのには有利になりますが自ら起業して大きな富を得るというパターンの方は少なかったり、有名な大学に入学してもやりたいことが分からず退学したりフリーターになったりという方々も少なくありません。果たして学力や勉強にはどのような意味があるのでしょうか。
●学生時代の勉強の知識が社会で役立つことは少ない
私のような塾講師や教員を除き、学生時代の勉強で得た知識がストレートに役立つ職業は少ないと思われます。プログラマーの仕事に就くとしても数学・物理くらいまでの知識しか使わないでしょうし、事務職でも最低限の国語のスキルやエクセルで使う関数の知識があれば大丈夫です。国語・数学・理科・社会・英語の大半は社会に出て使わない知識といってもいいでしょう。
では、勉強というのは単なる入試のための道具なのかというと答えは「ノー」です。
●勉強する姿勢から得られるもの
さて、私のことになりますが大学時代は病を患い、まともに勉強や就活に打ち込むこともできない時期がありました。社会復帰は卒業後となり、フリーターなどを経てようやく精神的に回復し、学習塾に就職したわけですが、一般的に世間で得られる学歴による恩恵を受けることができなかった20代でした。大企業への就職や教授・研究職などへの道は断たれたわけです。
「何のために勉強したのか分からないね…」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、当時は私もそう思っていました。しかし、数年たつと勉強から得られたものは確実にあったと思っています。
それは一言でいうと「学ぶ姿勢」です。ピンチになって誰も助けてくれないような時でも自分で本やインターネットを使って調べ、自分にでもできそうな方法を試し、今抱えている問題を打開できる力が付くということです。
例えば、私は学生寮での共同生活が上手くいかないと感じていたときに、コミュニケーション関係の本を読んでみたり、心療内科の受診をしてみたりしたことで、「自分に今の環境が合っていないだけか!」と開き直ることができ、気持ちが楽になったり、環境を変えるきっかけになることがありました。私自身が我慢が美徳のように教育されたことも相まって、なかなかそんな考えに至らなかったのですが、学ぶ姿勢が視点を広げてくれたのだと思っています。
世の中の話で言えば、仕事で学ぶ姿勢があれば、分からないところを積極的に質問する姿勢にもつながり、仕事の上達が速くなり活躍のチャンスも増えることでしょう。子育てで困っていることがあっても、経験豊富なママさんに相談したり、発達教育系の本を読んで見識を広げることで対応できる問題も多くなるはずです。
しかし、学習の習慣がついていない場合、そのひと手間を面倒くさがって放置してしまう傾向があるのです。それはトラブルを増やしたり深刻化させるだけでなく、自分の可能性を狭めてしまう行為でもあります。
つまり、勉強は学生だけのものだけでなく、社会に出てもそれはついて回る部分であり社会生活および人生に「習慣」として影響を及ぼしていくものだと思うのです。
●まとめ
つまり、私自身が生徒から「勉強する意味って何?」と聞かれたとすると、
「将来、困ったことや問題を抱えてしまったとき、自分で解決する方法が身につけるためだよ。」と答えています。
特に勉強していない大人の悪い例を言うと子どもの心には刺さりやすいですね(笑)
